Stradivarius: Timeless Journey — ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展

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ABSTRACT

2018年10月9日〜15日、六本木森アーツセンターギャラリーにて「STRADIVARIUS ‘f’enomenon —ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展—」が開催された。ストラディヴァリウスの実物はもちろん、その誕生の系譜から制作環境、所有者の履歴、そして秘密を解き明かすための科学的実験を含む壮大なエキシビションである。会場は4つの空間で構成され、そのうちの1つ「ストラディヴァリウスとテクノロジー」を考察する空間の企画・制作をQosmoが担当した。

ストラディヴァリウスが響かせてきた300年の歴史を、空間の変遷とともに音で伝えるインスタレーション。

「Stradivarius: Timeless Journey」は、イタリア・クレモナにあったストラディヴァリの工房から、ストラディヴァリウス『サン・ロレンツォ』が演奏されたヴェルサイユ宮殿・プチトリアノン内サロン、コンサートホールの原形とも言われる今はもう現存しない旧ゲヴァントハウス、そして現代日本が誇るサントリーホールまで、今もなお聴衆を魅了し続けるストラディヴァリウスの音の変遷を、演奏空間の歴史とともに耳で辿る展示だ。

ホールも楽器の一部であると、多くの演奏家や技術者は言う。同じ1音でも、どの演奏家が、どのような聴衆に向けて、どのような場所で弾くかによって印象は全く異なる。今回の企画にあたって、ストラディヴァリウスの確固たる地位は、約300年間同じ音を出してきたことによるのではなく、環境や聴衆に対応して柔軟にその音を変化させたことで築かれたのではないかと考えた。

アントニオ・ストラディヴァリは、コンサートホールがまだ一般的ではなかった時代にストラディヴァリウスを完成させている。当時の宮殿音楽では演奏者と聴衆の距離が非常に近かったが、現代のホール演奏では2000人〜3000人の耳にヴァイオリンの生音を届ける必要がある。ストラディヴァリがこうした未来のことを考えて制作していたのかは謎だが、当時から変わらぬ良さがあることに思いを馳せてみることも、ストラディヴァリウスの長い歴史を辿る上で重要なのではないだろうか。


TECHNOLOGY

Process

1. ストラディヴァリウスの演奏を無響室収録

はじめに、無響室でストラディヴァリウスの演奏音源を収録した。同時に、合計50chのMEMSマイクで音の放射特性を計測し、また同じマイクをヴァイオリンのf字孔から挿入して内部の音も計測した。

無響室収録・音解析協力:株式会社小野測器

2. 演奏空間の3Dモデルを作成

演奏空間における音の反響をシミュレーションするため、各空間の3Dモデルを作成。ストラディヴァリの工房と旧ゲヴァントハウスは現存しないため、歴史的資料やインタビューからデータを作成した。

図面協力(サントリーホール):株式会社安井建築設計事務所

3. 吸音率の設定

3Dモデル内の各素材をリサーチし、吸音率を設定。一般的な壁の素材や家具の吸音率はオープンソース化されているが、例えばよくある木の壁でも現代のものをそのまま引用してしまうと、時代の特徴を捉えきることができない。

1600年代のレンガであれば現代のレンガよりも表面がボコボコしているのではないか? ストラディヴァリの工房は地下にあったのだから湿度がより高かったのではないか? など、各空間の時代背景や特徴を踏まえて慎重に検討した。

4. 反響のシミュレーションと調整

3Dモデルと吸音率のデータをもとに、その部屋のどの位置で、どの方向に、どれくらい音が反射するかを計算し、そのデータを1. で収録した無響室収録音源に組み込むことで、仮想空間で演奏したイメージを音源化した。

しかし、こうした反射のデータだけでは当時の「雰囲気」を作りあげるのは難しい。歴史的資料の記述をもとに、最後は人の手(耳)を介して、シミュレーションをベースとしつつも当時を想起させるような「雰囲気」を補完していった。コンピューターシミュレーションで「人間の感じたまま」を再現できるようになるまでの道のりは長い。それほど人間は聴覚や視覚含めいくつかの環境要因を複合的に感じ取っている。本プロジェクトにおいては、各分野のプロフェッショナルにご協力いただき、今できる限りのデータシミュレーションに取り組んだ。

5. バイノーラル処理

最後に、展示の際のヘッドホン再生に対応するため、バイノーラル処理を施した。これにより、ヘッドホン再生時に音源の位置やその音場をよりリアルに感じとることができるようになる。


Music Selection

ストラディヴァリウスの音色を存分に楽しんでいただくため、ヴァイオリンソロや無伴奏で演奏される楽曲を中心に、各時代・場所に合わせた選曲を行った。

選曲協力:日本ヴァイオリン

選曲とヴァイオリンの仕様

Varoque Violins / Modern Violins

ヴァイオリンは誕生した当初から今日私たちが見ている形であったとされるが、時代の変化に合わせて弦や奏法などに少しずつ仕様変更が施されてきた。本展示においても、時代ごとに進化を遂げてきた響きを再現するため、各時代に合った仕様で収録を行った。

現代のサントリーホールは「モダン・ヴァイオリン」、それ以前の3つの演奏空間は「バロック・ヴァイオリン」の仕様で収録した。

バロック・ヴァイオリン。構造がシンプルで、音が柔らかくしなやか。ヴィブラートをかけない奏法を取るため、ナチュラルな音色が魅力。弦は羊の腸から作られたガット弦を使用している。
モダン・ヴァイオリン。バロックヴァイオリンに比べて弦の張力が強く、調弦(チューニング)の音域も高い。ヴィブラートを駆使するなど、曲の奏法もバロックヴァイオリンに比べて多彩。弦はナイロン弦やスチール弦が一般的。

ACKNOWLEDGE-
MENTS

今回のプロジェクトの制作のメイキング映像には、小野測器さんでの収録風景から、今回レコーディングを担当していただいた葛西敏彦さん、シミュレーションサウンドデザインを担当していただいた久保二朗さんへのインタビューも収録されています。普段それぞれの立場で「音を再現」しているお二人が今回のプロジェクトで協業するうえで意識されていたことなど、興味深いお話をしていただきました。

世界にはすばらしいコンサートホールが数多くあります。テクノロジーはおそらく、しばらくの間は、そこでの実体験を超えることができません。ですが、テクノロジーは、時を超えて過去に遡ったり、訪れたことのない場所を擬似的に作り出すことができます。その一端をご覧になったみなさまに感じていただけたらと思います。この作品が実際にストラディヴァリウスを聴く、ホールに足を運ぶ最初の一歩となれば幸いです。

今回このような前例のない挑戦をすることをご快諾いただき、様々なサポートをしてくださった日本ヴァイオリンさん、電通さん、そしてアドバイザーとしてご参加いただいた永田音響設計の豊田泰久さんに心より感謝申し上げます。


LINKS


CREDITS

Installation

  • Planning / Sound Direction

    細井美裕 (Qosmo, Inc.)

  • Producer

    安江沙希子 (Qosmo, Inc.)

  • Visual Programming

    Shoya Dozono (Qosmo, Inc.)

  • Assistant Programming

    中島亮介 (Qosmo, Inc.)

  • Anechoic Chamber Recording / Sound Analysis

    株式会社 小野測器

  • Simulation Sound Design

    久保二朗(株式会社 アコースティックフィールド)

  • Sound Engineering

    葛西敏彦(studio ATLIO)

  • Assistant Sound Engineering

    飯塚晃弘(studio ATLIO)

  • 3D Design / Modeling

    元木龍也

  • Architectural Space Research Cooperation

    服部真吏

  • Project Movie Direction

    宮武孝行

  • 特別協力

    豊田泰久(株式会社 永田音響設計)

  • 会場協力

    Suntory Hall

  • 図面協力

    株式会社 安井建築設計事務所

  • 協力

    アンスティチュ・フランセ日本 / ゲーテ・インスティトゥート東京 / Andrew Dipper (Dipper Restorations) / 松岡有佳里

東京ストラディヴァリウスフェスティバル2018実行委員会

  • 実行委員長 / 代表キュレーター

    中澤創太

  • 総合プロデューサー

    宮内翔(株式会社 デザインオフィス ライン)

  • クリエイティブディレクター

    齊藤智法

  • プロジェクトライター

    三國菜恵

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