2012.02.01

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Nao Tokui

世界をのぞく「窓」としてのモバイル・アプリケーション — Qosmoの取り組み

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本記事は、『映像情報メディア学会誌』2012年2月号<メディアアート紀行> として寄稿した記事を許可を得て転載したものです。


Qosmoの紹介

コスモス(cosmos)。手元の辞書では、

  1. 宇宙。世界。
  2. 秩序。調和。
  3. コスモス — キク科の一年草。

とあります。野に咲く小さな花と大宇宙、その両極端を表現する不思議でステキな言葉です。カール・セーガンの「Cosmos」を父の本棚で見つけて以来、この言葉は私の心の奥深いところにひっかかり続けています。

私は今、Qosmo(読み方はコズモ)という小さな会社を運営しています。iPhone、iPadやAndroidといったモバイル端末用のアプリケーションを中心に、ソフトウェアの開発を主な業務とする会社です。お察しの通り、Qosmoという名前はcosmosに由来します。小さなモバイル端末の小さなアプリケーションを通して、使う人の想像力が世界に、あるいは宇宙にまで大きく広がるようなシステムを作る、そんな会社にしたいという想いからこの言葉をピックアップしました。

私は東京大学工学部を卒業後、同大学院に進み、遺伝的アルゴリズムに代表される進化計算とヒューマン・コンピュータ・インタラクションの研究で博士号を取得しました(2004年)。在学中は研究と平行して、ミュージシャン・DJ、アーティストとしての活動に力をいれていました (いや、むしろそちらに力を入れすぎたのかも…)。 修了後もヨーロッパと国内の研究所でコンピュータと表現に関する研究を続けていた私に、2008年、突然転機が訪れました。iPhoneの発売、開発環境の公開とともに、iPhoneアプリケーション開発者の需要が社会的に高まり、個人ベースの小さな会社でも勝負ができる環境が生まれたのです。もともと研究用のシステムをMac OS上で作っていた私には、千載一遇のチャンスに思えました。

純粋にアカデミックな世界で生きていくことにはもともと興味がなく、かといってアーティストとしても中途半端だった私にとって、ちょうどよい仕事のフィールドをみつけたような気がしました。こうして同じような意識をもったメンバーが集まり、Qosmoを設立したのが2009年です。

現在の主なメンバーはミュージシャンでサウンドデザイナーの澤井妙治と、プログラマでインタラクション・デザイナーのアレキザンダー・リーダー(Alexander Reeder)と私、徳井の3人。経歴や国籍など、異なるバックグラウンドを持った三人が集まり、ITとアート、デザイン、音楽といった分野を横断的に行き来しながら、仕事や作品制作を続けています。具体的な仕事の内容も、iPhoneアプリケーション(以下、アプリ)の企画・制作に始まり、Androidアプリ、インタラクティブな屋外広告、データ解析と人工知能を組み合わせたレコメンデーション・システム、ミュージシャンのためのライブシステム等々と、少しずつ領域を広げつつあります(そのため、「Qosmoさんって何が本業なんですか?」と聞かれることが目下の悩みです)。

そんな私たちQosmoの仕事・作品の中から、今回はモバイル端末上での表現、特に映像表現に絡めたものをいくつかピックアップして、ご紹介したいと思います。生活のさまざまな場面で、必要不可欠な存在となりつつあるこうした端末の可能性と、わたしたちのビジョンが少しでも伝われば幸いです。


N Building

まず最初に取り上げるのは立川にある「Nビルディング」という商業ビル専用のiPhoneアプリです。ご覧の通り、ファサードの幾何学模様が目を引く一方で、他には一切の装飾を省いたシンプルかつ特徴的な外観のビルです。ファサードにはQRコードが埋め込まれています。これはビルを設計された寺田尚樹さん(TERADADESIGN ARCHITECTS)のアイデアで、ごちゃごちゃした看板を徹底して排除するかわりに、QRコードを通して携帯サイト上で店舗情報などを随時公開するという意図でした。

静的なQRコードに対して、よりダイナミックな表現が可能なiPhoneのようなデバイスを用いることで、どんな表現が考えられるのか。両者の間でブレストを重ね、建築物と情報、都市とメディアの可能性を探る実験として実装したのが、このiPhoneアプリです。

Nビルアプリは、建物の形状をリアルタイムに認識し、カメラのライブ映像の上にキャラクターをオーバーレイすることで、あたかも建物内部が透けて見えているかのようなグラフィックを実現します。昔のファミコンのゲームのようなキャラクターが画面上を歩き回っていて、それらをタップすることと、店舗のスタッフやお客さんがTwitter上につぶやいたことが吹き出しとして表示されます。さらに季節に合わせたサプライズも仕込んであります。

ファサードに組み込まれたQRコードは、ユーザーがカメラを建物に向ける動機付けとして重要な役割を果たしていますが、弊社の独自の技術を用いることでマーカーを持たない建築物に対しても同様な仕組みを実装することができます。

建物そのものが持つ視覚的なインパクトもあり、ビルのファサードを使ったAugmented Reality(AR:拡張現実)のシステムとして、世界中のメディアでさまざまなかたちで取り上げられました。2011年にはニューヨークの現代美術館(MoMA)でも展示されています。


Backseat Driver — ToyToyota

Backseat Driverというタイトルが示すように、車の後部座席で楽しむためのiPhoneアプリです。子供が親と一緒にドライブを楽しみながら遊べるようなゲームになっています。
ゲームの中身は、お父さんが運転する仮想的な車の後ろを子供が運転する車が追いかけていくという単純な設定です。GPSと連動することで、実際の車の移動にあわせて、画面の中に道が現れます。周囲の地名やランドマークが画面に現れ、アイテムをとってポイントを集めていくことで、自分の車をカスタマイズすることができます。

先ほどのNビルアプリでは現実の映像にグラフィックを重ねることでネット上の情報を付加しましたが、ToyToyotaでは現実の世界を全く違う世界観で表現することで、車の運転や移動という行為に新しい価値や楽しみをつけくわえることができました。「もっとポイントためたいからドライブに行こうよ」「あのランドマークをとりたいから、そこで左に曲がって!」親と子のそんな会話につながったとしたら、大成功だったと言えるのではないでしょうか。


muse’ic — salyu x salyu

続いてもiPhoneアプリです。「salyu x salyu」(女性シンガーsalyuをコーネリアスがプロデュースしたプロジェクト)の同名の曲のためのインタラクティブなミュージックビデオ(MV)アプリ「muse’ic」です。iPhoneのカメラ越しに見えている世界が、楽曲の音とシンクロしてリアルタイムに変化していきます。きっちり作り込まれた普通のMVとは違って、自分のいる環境やカメラを向ける対象によって、自分なりのMVがその場で生成されます。音楽を聞きながら歩いていて、普段見慣れた街が違って見えてきたり、映画の世界に入り込んだような気分になる。あるいは逆に、いつもと違う視覚的情報と組み合わされることで曲が違って聞こえてくる…そんな体験を、iPhoneアプリとして実現してみました。
非力なiPhone上でリアルタイムなビジュアルエフェクトを実装するために大変な苦労をした作品です。


Piece by Piece

「持ちよりマルチディスプレイ・エンターテイメントシステム」という副題がつけられた、「Piece by Piece」は(株)電通との共同プロジェクトとして開発したプロトタイプです。
ミーティングや飲み会などの席で、テーブルの上に各自のスマートフォンが並んでいるという光景、いまやすっかりおなじみになりました。こうした何台ものスマートフォンを同時に制御することができたらどんな表現が可能になるだろうか、という発想からこのプロジェクトがスタート。第一弾として、まずは一つの大きなディスプレイを作ることを考えました。スマートフォンの画面を通してテーブル全体の仮想的な大画面の一部を覗いているようなイメージです。

具体的には半透明の天板の下にカメラを置き、各スマートフォンの位置を認識しています。少しでも汎用性を高めるため、あえてマーカーを使わず、フラッシュの点滅パターンによってデバイスの個体認識を行っています。カメラで識別したフラッシュの位置と、本体のジャイロを利用して算出される画面の角度をあわせることで、全体のどの部分を表示すべきなのかを導くことができます。ネットワーク越しに情報をやりとりすることで、アニメーションを同時にトリガーしたり、デバイス間のインタラクションも可能です。またコンテンツを3Dにすることで、デバイスを起こして横の視点から眺めるといったインタラクションも実現できます。

まだプロトタイプの段階ですが、広告やエンターテイメントだけではなく、教育の場でなどでも使えるシステムを目指しています。


想像から創造へ

ここまでiPhoneを中心に、Qosmoとして制作してきたアプリケーションを紹介してきましたが、これらすべてに通底する思いがあります。それは、モバイル端末は「世界につながる窓、気づきを与える窓であるべき」というものです。冒頭に述べた「使う人の想像力が広がるシステム」を作るというコンセプトともつながっています。

このコンセプトは、私が2008年に最初に制作したiPhoneアプリ、「9の1」のころから変わっていません。「9の1」は、iPhoneを持ってジャンプすると某有名ゲームのキャラクターのジャンプ音がするというだけのアプリです。このゲームのステージが「8の4」まであったところから、この名前を付けました。このアプリをもって街に出ると、街中のちょっとした段差がゲームの障害物になり、道行く人が避けるべき敵キャラになります。ゲームの最終ステージの次は、現実世界がステージになるというわけです。GPSとも連動し、同じことをやっている人がいれば世界地図上にマッピングされるという機能もあります。「お、いまブラジルでジャンプしてる人がいる!」という具合です。
ちょっとした音を足すだけで使う人の想像力が刺激され現実の世界が少しだけ違って見える、さらにはさりげないフィジカルな行為がもとで地球の裏側の人ともなんとなくつながっているように感じられる、そんなものを目指していました。

このコンセプトにたどり着いた背景には、モバイル端末やそのアプリの現状のあり方がけっして健全なものとは思えないという実感があります。電車に乗るとケータイの画面を食い入るように見入る人、人、人。それが果たしてよいことなのか… 疑問に思っている人は少なくないのではないでしょうか。

「いや、ケータイはインターネットにつながっているし、ニュースや本も読めるよ」という意見もあるでしょう。しかし実際には人々がアクセスするのはあくまで自分が見たいもの・聞きたいものであり、自分に似た嗜好や意見を持った友達とのやり取りです。そこには自分が見たい・聞きたいと思う世界があるだけです。それでは鏡を見ている、あるいは自分の声のこだまを聞いているのと変わりません(検索エンジンのニュースサイトのカスタマイズやフィルタ機能の「高度化」が、こうした情報の偏食をわれわれユーザが気づかないうちに助長しているという側面もあります)。

Qosmoのアプリケーションは、そうした「鏡」や「エコー」のようなコミュニケーションに、ある種のノイズや違和感を生み出すものであって欲しいと思っています。ノイズがユーザの「想像」を刺激し、自発的な気づきを誘発、それが「創造」につながる… そんなITとヒトの健全な関係性の実現に少しでも貢献したいと思っています。少々大風呂敷を広げすぎた感もありますが、そんなことを考えながら日々仕事をしています。私たちのビジョンがこの記事を通してみなさんに少しでも伝われば幸いです。

最後に、起業を考えている工学系の学生さんたちに一言アドバイスを。プログラミングなどの実装力以外のセンスや発想力を磨くことにもぜひ力を入れてください。あるいは、自分とは違うバックグラウンドや考え方を持つ人の視点を受け入れる、協働する柔軟性を磨くというかたちでもかまいません。自分のことを振り返ってみても、学生の頃にそういった異分野のコラボレーションに意図せず関わることが出来たことが、今会社をやっていく上で最大の資産になっているように思います。逆に言えば、アイデアと実装力があればチャンスはいたるところにあります。ぜひチャレンジしてください。

今回紹介した仕事、作品に関するリンクやビデオなどは私のwebサイト上で公開しています。ぜひご覧ください。またQosmoでは、随時アルバイト、インターンの学生さんを募集しています。興味のある方は info@qosmo.jp までぜひお気軽にご連絡ください。


LINKS


CREDITS

N Building

  • Planning

    Naoki Terada (TERADADESIGN ARCHITECTS), Kenichi Hirate (TERADADESIGN ARCHITECTS), Qosmo

  • Programming

    Qosmo

ToyToyota

  • Client

    Toyota Motor Sales and Marketing Corporation

  • Creative Direction / Art Direction / Technical Direction

    PARTY

  • Design

    Takayuki Sugihara (roughark), PARTY

  • Programming

    Nao Tokui (Qosmo, Inc.), PARTY

  • 3D Design

    Yoshiyuki Odajima

  • Producer

    PARTY, Seiichi Saito (Rhizomatiks)

  • Agency

    PARTY

muse’ic

  • Client

    OORONG-SHA

  • Creative Direction

    Merce Death

  • Art Direction

    Merce Death, Genki Ito

  • Programming

    Nao Tokui (Qosmo, Inc.)

  • Technical Direction

    Seiichi Saito (Rhizomatiks)

Piece by Piece

  • Planning

    Kaoru Sugano (Dentsu), Natsuki Matsuura (Dentsu), Kyoko Yonezawa (Dentsu), Qosmo, Munechika Inudo, Kazuaki Seki

  • Programming

    Nao Tokui (Qosmo, Inc.), Alexander Reeder (Qosmo, Inc.)

  • CG

    Munechika Inudo

  • Movie

    Kazuaki Seki

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