AIとはそもそも何なのか? その疑問に答えることは「知能とは何なのか」に答えることにもつながります。AIが発達しても人間にしかできない不可侵の領域としても浮かび上がる「創造性」はAIの進化によってどの様に変化していくのでしょうか。本書全体に通じる大きなテーマへの導入になるのが第1章です。2018年に世界的なオークションハウスであるクリスティーズに世界で初めてAI「が」描いた作品として出品された『Edmond de Belamy』は、人間に代わってAIが作り出した芸術作品という触れ込みで注目されました。
『Edmond de Belamy』by The Obvious
一方でその翌年にサザビーズでオークションにかけられた作品『Memories of Passerby I』の作者であり、世界的にも高く評価されるアーティストのクリングマンは、AIはあくまで道具であり、制作者として擬人化されうるものではないと主張します。
筆者は、「AIはアーティスト」だとする立場も、「AIは単なる道具である」という立場もいずれも不十分だと考えます。AIシステムがそのつくり手の予期しなかった驚きを生み出す現場に何度も居合わせた筆者は、AIには人の創造性を高めるための重要なヒントが隠されていると考えます。
第2章
バベルの図書館 ── AIを通して考える創造性の本質
創造性の謎を紐解く一つの切り口として、本章では創造性を理解するための切り口をいくつかご紹介します。例えば心理学者のマーガレット・ボーデンは創造性を3つに分類しました。複数の異質なアイディアを組み合わせる「結合的創造性」、決められたコンセプトの中で可能性を探索していく「探索的創造性」、そのコンセプトそのものを拡張し、新たなジャンルを生み出すような「変革的創造性」。
韓国のアーティストグループShinseungback Kimyonghunは探索的創造性を変革的創造性に拡張するために顔認識AIアルゴリズムを使い、「顔として認識されない」ポートレイトを描くという新たな表現手法を生み出しました。AIによってこれまでにはない方向に創造性が拡張された一例です。
『Nonfacial Portrait』提供:Shinseungback Kimyonghun
また、この例にあるようにアルゴリズムの介在が創造性の新たな発展を助長することに留まらず、アルゴリズムが予想外の結果を生み出し、人に驚きを与えるのを筆者は一度となく目撃してきました。カール・シムズの『ガラパゴス』という作品では、仮想生命体の遺伝子が交配され、次の世代に残る生物の候補を鑑賞者が選ぶことで、様々な面白い仮想生命体を生み出します。たとえシンプルなアルゴリズムであっても人間には考えられないものを生み出す創発性を持ちうることの好例であり、また私達のような創造性を持つ生命体自体が「突然変異」や「自然選択」というシンプルな進化のアルゴリズムから創り出されたという気付きを与えてくれます。
『ガラパゴス』撮影:大高隆 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター
第3章
AIとモノマネ芸人 ── 模倣する機械の歴史
人間の行ってきた過去の活動を学習データとするAIは模倣でしかない、という批判はこれまで何度も語られてきました。ゆえにAIは独自の創造性を持ち得ないというニュアンスで。しかし、模倣する技術が人間の創造性に与えてきた影響は計り知れません。蓄音機に始まる録音技術やカメラも当初は模倣を作り出す技術であるがゆえの侮辱を受けたり、演奏者や画家の仕事を奪う脅威と捉えられていましたが、技術が普及するとともに、むしろ人間の創造性を拡張させてきたと言えます。
また、未熟な模倣技術が新たな表現方法を生み出すこともあります。電子楽器メーカーのRolandが1980年に発表したTR-808はドラムキットの音を模倣し、ドラマーがいなくてもバンドのデモテープを作れるというのが当初の売りでしたが、ドラムの音に聞こえないと当初の反応はいまいちでした。ところが、このドラムらしく聞こえないところが逆に未来的なTR-808の魅力となり、当時新しく生まれつつあったヒップホップの楽曲で多用されるようになります。その後TR-808の独特のキックドラムやスネアはエレクトロやドラムンベースなどのダンスミュージックの誕生にも大きな役割を果たし、現在では世界の音楽の歴史を変えた名機として知られています。
模倣するAIをアートの制作に初めて取り入れたと言われるのがハロルド・コーエンという画家です。キャリアの絶頂期にあった彼はアーロンというコンピュータープログラムを作ることで芸術を再定義する試みを行いました。自分が表現する過程の中で行っている一連の意思決定プロセスをAIシステムに落とし込むことで自分の創造プロセスを明確化し、定式化したのです。またこのシステムを作り込む過程において彼の技術は更に探求され磨きがかかったとアーティスト本人が述べています。
たかが模倣、されど模倣。AIは人の模倣をしているだけと侮るなかれ。
コーエンとアーロン(1995)SCIENCEphotoLIBRARY
ここまでの章を通じてAIが創造性に対して本質的な影響を持ちうることを証明してきましたが、今後のAIの発展は創造のプロセスに対してこれまでにない更に革新的な変化を起こす可能性を秘めています。AIは過去の人間の制作物を模倣するだけでなく、それを消費する側の反応からも学習し、更に質の高い創作を行っていく事ができるようになります。どこまでが作者の領域で、どこからが集合的な意識なのかわからなくなるのが、AIを用いた創作の特徴と言えます。この新しい創作パラダイムにおいては「つくり手」の作った「作品」を「受け手」が消費する、という構図すら消失し、つくり手と受け手がAIを介して連続的にコンテンツを生み出していくという世界観が成立します。
音楽においては既にその動きは始まってます。2020年にOpenAIが発表したJukeboxは、120万曲の有名アーティストの音源データを学習することによりカニエ・ウェストがエルビス・プレスリーをヒップホップ調で歌っているような曲すら自動生成してしまいます。このような曲が市場に出回るようになると、リスナーである私達の嗜好によって淘汰が始まります。近年の音楽ストリーミングプラットフォームにおいては、リスナーの属性情報だけでなく、ユーザーの聴取行動を仔細にデータ化しています。これらのパーツを組み合わせ、AIにフィードバックを送ることで、リスナー自体がAIの創作活動に巻き込まれ、より優れた楽曲を生み出すシステムの一部となっていくと同時に、過度なフィードバックによって多様性が喪失される懸念なども出てきています。
ここまでの章で取り上げてきた作品に影響を受けながら、またその考え方を発展させながら、筆者もAIによって人間の創造性を拡張させる作品の制作を行ってきました。AI DJは、筆者が2015年頃から取り組んでいるプロジェクトです。AIのDJと自分が一曲ずつ交互に選曲し、プレイするパフォーマンスを行っています。この中で目指していることはAIによってDJを自動化することではありません。むしろAIとの掛け合いの中からこれまでにはないような緊張感の中でDJプレイをし、新たな表現の領域を開拓したいと考えています。一方で、過去のDJのプレイリストを学習したAI平凡で驚きのない選曲になってしまい、そのようなマンネリを打破するために純粋に音楽的な印象を学習することにしました。ある公演で自分がとあるテクノの名曲をかけた後にAI DJが選んだジャズの選曲に鳥肌を感じた体験は忘れられません。
『AI DJプロジェクト』撮影:谷康弘、写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]
もう一つ、AIによる「模倣」を通じて、表現の多様化と理解の進化のプロセスを経験した話に、フラメンコ・ダンス界の革命児と言われるイスラエル・ガルバン氏とのプロジェクトがあります。その特異なスタイルから他のダンサーと踊ることがほとんどないことでも知られるイスラエルと共演するAIを開発しました。彼自身のステップをデータ化しAIに学習させたところイスラエルには何度も「自分の劣化版コピーはいらない」とダメ出しをされました。あえて既存の表現方法から逸脱するために、AIから生成されたパターンを確率的に解釈するなどの工夫を行うことで完成したAI。そのAIとの共演を終えたイスラエルから掛けられた言葉が印象的でした「そもそも人間らしくもない、なにか未知の生物がステージにいるような気がした。とても刺激されたよ。」
『Israel & イスラエル』撮影:守屋友樹、写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]
AIとの付き合い方の理想を、筆者はサーフィンに見いだします。サーフィンは波に「流される」という受け身の状態でありながら、波を主体的に選択しターンしていきます。AIに任せて人がコントロールを手放すべき領域とそうでない領域を見分け、手放せる部分では積極的にAIに委譲してみることが、豊かな文化や社会に繋がります。波に乗ることと波に飲み込まれ、溺れるのでは大きな違いです。すべてをAIに任せることが、幸福につながるのではないことに留意し続ける必要があるでしょう。
未来を考える仕事をしながらいちばんの愉しみは
庭仕事とサーフィン(とトレイルラン)という身にとって、
人工知能と人間の創造性をめぐるこの名著が、
何より「AIとのサーフィン」という表現で本質を語っている所に撃ち抜かれた。
なんだ、未来がもっと楽しみになった!
松島倫明 『WIRED』日本版 編集長
AIと創造性と言う壮大なテーマを前にすると、つい抽象的な文章を思い浮かべそうになる。
筆者はアーティストとしてAIを活用した作品を作ってきているが、そのような具体的な事例を持ちながらも、そこから創造性とは何かを深掘りしている。
AIによって激しく機械化される時代にどのように創造性を生かすべきか。
AIに限らずこれから先の創造性を考えたい人にとって必読の書である。
江渡 浩一郎 産業技術総合研究所主任研究員 / メディアアーティスト
その名の通りAIについて書かれた本だけど、
いわゆるテクノロジーに偏った視点ではなく、あらゆる作り手が読んで、
各々が自分のテリトリーで思考を促すような余白を感じる書籍。
蓮沼 執太 作曲家
アート門外漢の人間にも本質を理解させる素晴らしい本でした。
内容もさることながら、文体も素晴らしい。
こんな本を書ける日本人がいるんだと嬉しくも思いました。
河本 薫 滋賀大学教授
この本を読まずに創造性の未来を語ることは、サーフボードを持たずにサーフィンに出かけるようなものだ。数あるAI関連の著書の中でも、卓越した技術理解と未来的思考を兼ね備えた、類を見ない作品であり、歴史的な金字塔。
シバタアキラ Weights & Biases カントリーマネージャー